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自分の体の状態に限界を感じた私は、家にタクシーを呼んで紹介された大学病院に向かいました。

これから欠く事は当時の意識が朦朧としていたため、何処までが事実で有るかは定かではないのですが、何とか病院に辿り着き診察して貰うことになりました、私はもうこのあたりからの記憶はところどころしか無いのですが、診察室のベッドで横になって担当の医師が来るのを待っていたのは覚えています。

その後しばらくして腎臓内科の担当医が何人かで来てくれて、何か私や私の親と透析や輸血について色々と話をしていたみたいです、輸血についてはかたくなに拒否した事だけは覚えています。
私はそのような話をしている間に緊急透析をするために首の付け根の動脈にカテーテルを入れる手術をするための麻酔を打たれてしまったので、この後の記憶はしばらくありません。
次に気が付いた時には透析はもう終わっていました。

後に医師から聞いた話ですが、この大学病院に着いたとき検査した、私のクレアチニンの数値は確か30後半で、血液の濃さ(ヘモグロビン?)?も通常の健康な人の3分の1以下だったと教えられました。
尿毒症としてもかなりヒドイ状態であったらしく、あのままほっといたら、あと一週間くらいだったよ、生きてて良かったねと言われました。
まあ、あの状態であと一週間我慢する事は不可能だったでしょう、3日後くらいには絶対に気が狂っていたと思います。

確かに尿毒症の末期だったんでしょう、最後の頃は階段を歩いて上れないくらいになっていましたから・・・

緊急入院緊急透析へ続く

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もうすぐ透析突入52歳の冬
水分とかカリュウム、リン色々あって、ストレスになりそう、透析は未知ですごーく怖い、移植とかは考えなかったの?
ちかひめ 2012/11/19(Mon)07:16:17 編集
尿毒症
昔よく聞いた言葉ですし、私も2階の会談が恨めしく思ったものです。横になると心胸比が大きかったんでしょうね、人が耳元で歩いている音がして、寝れないものでした。あのときの思いをするのは今はイヤですね・・。
noripi- URL 2007/05/13(Sun)22:03:11 編集
Re:尿毒症
尿毒症、辛かったですね・・・
私も二度とあんな状態にはなりたくないですね。
あればかりは、なった人にしか分からないとは思いますが、地獄の苦しみでしたね。
そうならない為にも、私も嫌々ながらも透析を受け続けているといった状況ですね。
2007/05/14 07:19
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